作品情報
2019年
著:工藤純子
あらすじ
大縄跳び大会の練習で一方的に怒られた弟。この出来事をきっかけに6年生の一将たちは疑問を持ち、先生たちに問いかける。これことをきっかけ教師だけだけでなく、親や地域の人々までも巻き込む出来事に発展していく。
感想
学校は誰のものか?
多くの人は「子どもたちのため」と答えるだろう。
かつて子どもだった大人はそれで納得するだろうか?
この本の物語でも、教師の傲慢な態度に子どもたちは疑問を感じて持ち、行動をを起こす。本当に怒られるべきことだったのか? なぜ弟が一方的に怒られなきゃいけなかったのか? 子どもたちは普段からこういう疑問を学校生活のなかで感じていたのだ。
実際に自分が子どもの頃にも同じような経験がある。いきなり切れる先生は珍しくない。
今の学校の実態のほうが私たちの時代より悲惨だと思う。
大人がいろんなことを未対応にしてきたことで子どもたちが認識を間違えてしまっている。大人っていうのは世の中の大人全てだ。政治家のも、親も、何食わぬ顔で街を歩いている大人も自分のことしか考えていない。便利なものが増えたのはいいが、使い方、ルールを示さないから、トラブルが起きて取り返しがつかなくなる。
デジタルなものがたくさんあって、大人の目をくぐることは容易になった。それを管理することを任されている先生たちもやらなくてはいけないことがたくさん増えた。
「学校は誰のもの?」という議論については、大きな声で子供たちのためとは言うことはできない。
いつか誰もが笑顔でそう言えるように教育に期待したい。他のものには期待なんてしないけど、未来を生きるのは子どもたちだ。考えれば、理解できる。自分もこの気持ちを忘れない。